何故考えた?着物整理帖を作るという事! 1⃣

① 着物に心を寄せていったその根っこは何だったのだろう?

はじめに

私と「きもの」との出会いって、何なんだろう?

幼い頃からきものへの意識はあったような気もする。

でも、何にでも興味を持つ子であったことも確かである。

興味を持つ、というのは、そのとたん、何故かその世界に入っていく事のような気がする。

例えば、生まれ育った土地は田舎で、自然の中での生活。母に連れられて、畑仕事の手伝いへ。

畑とは、土があり、でも周りは雑草がはびこり、畑の中まで侵入してきた雑草を取る。

種をまくために畝を作る。等々一連の作業が待っている。きつい仕事である。

でもそこに芽生えた興味と共に作業を進める事で、辛くても楽しい、辛抱できる仕事になっている。

そのような興味が、他の事への興味と同じように着物にも芽生えていたのかもしれない。

言葉では表せないけれど、着物っていいな、って。

いい着物ではない。日常着の子供の着物。普段着の母の着物。そこには、当時の畑の匂い、自然の匂い

と同じ匂いがするのである。

それはとりもなおさず、生まれ育った空気、風、匂い。

そこが日本で、それらをすべて含んで包み込んでいるのが、日本であり、日本の文化なのである。

古代縄文時代から織られていた織物。弥生、飛鳥、奈良、平安、鎌倉・・・と悠久の時を紡ぎ、繋いできた着物。

それ故にこそ内包される日本人の心がある。日本人の魂が宿っている。

そんな着物は、私にとっては日本文化に他ならない。

だからこそ愛おしく思えるのであり、いつの間にかそこに 魅了され、その日本文化を含んだ着物に魅了された私がいるのである。

② 着物を着た思い出?

着物を着た思い出、記憶はあまりない。

箪笥に入っていた七五三の着物と帯、髪飾りなど少し大きくなって、こんなの着たのかな?というくらいで、実際着た覚えは、残念ながら、ない。

戦後生まれではあるが、まだまだ厳しい生活の中、着物はあっても着せて貰えなかったのか?写真もないので覚えがないのか?

他の姉妹の七五三祝いの着物姿も覚えていない。

着たのかどうかだけでも、親に聞いておけば良かったと、両親無くなってしまった今思う。

成長して、4人姉妹であったため、姉や妹の結婚式には着物を着たが、母に着せてもらったような気がする。

母から着せてもらったのを頼りに、それを見よう見まねで、家を出て一人暮らしになった時、自分で着てお正月の初詣でに出かけている。

その当時、着付け教室という事を聞いたことはなかったし、母以外の誰かに習うという感覚もなかった。

着物は日常生活の中で、自然に着れる物だという意識だったように思う。

1970年前後。今から50年も昔の話である。

子供が出来、子育てに追われるようになったら、子供の服を縫ったりはしていたけれど、着物はすでに遠い存在となっていった。

そしていつの間にか、「私の人生で、もう着物と関わることはない」という確信にも満ちた感覚を持っていた。