何故考えた?着物整理帖を作るという事!3⃣

⑧ 会を出ても、着物に関わることへのこだわり

ではその組織を出て、どうする!?

教室は、「絶対にやってはならぬ」「着付け習いたい人がいたら、会に紹介すべきでしょう!!」といわれて辞めている。

教えるにしても、表にばれないようにやらねばならぬ。厳しい条件である。

辞めるのは穏便に済ませたくて、適当な理由をつけた。

しかし、教室は「絶対やってはならぬ」といわれながらも、着物に関わる事を模索して行った。

東京オリンピックも決まり、着物への関心も強くなってきた頃であった。

⑨  テーマ『外国人と日本人 着物de Tea party』開催

地域に住む外国人と、日本人、共に着物にも興味関心を持っていれば、お茶を飲みながらのパーティーで交流できるのでは!?

そう考えて立ち上げたイベントが、『外国人と日本人 着物de Tea party』であった。

◆お茶を楽しみながら、着物についてのレクチャー等

 ●一反の反物から着物の形が出来て来るまでを、実際の反物から実演してみせる/

 ●大学生5人に着物を着せて公園散歩と写真撮影会/

●七夕祭りでは笹と折り紙などを準備して、浴衣を着つけてあげて短冊に願い事を書いて、笹の葉に結んで、写真撮影/

 ●着物、留袖・訪問着・小紋・紬など7~8点ほど持参して、会場の部屋の周りにずらりと掛けて、その種類と特徴、TPOについてなどの説明、セミナー/

 ●横浜港のロイヤルウイングにて浴衣で乗船&撮影会/等々

座学の時はお茶とケーキ付でおもてなしをして、着物も一般参加者はお貸しして着付けをしてからの開催であった。

今考えると、よくそのエネルギーがあったなと自分ながら感心してしまう。

しかし、そこには、SNSを使ってのPRや、チラシの制作を引き受けてくれた仲間がいて、

またケーキを焼いて来てくれたり、その場でも手伝ってくれた数人の仲間がいてくれたことでの開催可能であったことも事実であり、

今更ながら、仲間の有難さが胸に沁みてくる。感謝、感謝である。

地域に住む在留外国人は、自治体での手厚い待遇の中で、着物だけではなくあまねく日本文化の体験が出来ていたのである。

⑩ 日本人の意識は?

日本人はというと、「着物っていいね!」とは誰しもが口にする。

では着物を着ましょうよ!

といった時、無料か格安で、しかもお着物お貸しして着付けまでやってあげれば参加してくださるが、

そうでなければ、殆どの方が素通りとなる。

その現実を知り、それは何故なのか、考えながらヒアリングもして行く。

また、着付け教室に来た人たちはというと、箪笥の中から持ってきた着物が何という着物かもわからず、

帯についても名古屋帯、袋帯という違う種類の帯がある事も知らない。

そんな人が殆どになっている現実を知り、驚いてしまったが、これこそが、着物離れの最たる原因だとの気付きであった。

⑪ イベント続けるにはエネルギーだけではやっていけない!

それを続けて行く事を途中で止めてしまったのは、何故か?

この大変な一連の流れを行っていくにも、人の参加はなかなか集まらない。友人、知人への口コミも限られてくる。

かかる費用に対しての効果が出てこない。

地域に住む在留外国人は、自治体での手厚い待遇の中で、着物だけではなくあまねく日本文化の体験が出来ていたのである。

会にいる時、それはさんざんやってきた事でもあった。

各自治体の年1回の恒例行事である国際交流イベントで、無料で振袖の着付けをしていたし、大学の留学生にも振袖の無料着付けをしてきていたのであった。

そんなもどかしさを感じ、もっと堅実に、でも世の中、着物文化という事への貢献ができることはないのだろうか?

とはいえ、ではどうすれば????

⑫ 仲間に支えられて出来たイベント!

そんな矛盾と葛藤を抱えながら、半年、8回の開催は、今振り返ってみても、それなりの事をやってきたなと我ながら感心するほどである。

座学の時はお茶とケーキ付でおもてなしをして、着物も一般参加者はお貸しして着付けをしてからの開催であった。

今考えると、よくそのエネルギーがあったなと自分ながら感心してしまう。

しかし、そこには、SNSを使ってのPRや、チラシの制作を引き受けてくれた仲間がいた。

またケーキを焼いて来てくれたり、その場でも手伝ってくれた数人の仲間がいてくれたことでの開催可能であったことも事実であり、

今更ながら、仲間の有難さが胸に沁みてくる。感謝、感謝である。

そんな仲間の好意に頼ってばかりも苦しい!

 

⑬  それも浅はかな考えだったと知るのに時間はかからなかった。

この大変な一連の流れを行っていくには、人の参加が少ない、そして、かかる費用に対しての効果が出てこない。

そんなもどかしさを感じ、もっと堅実に、でも世の中、着物文化という事への貢献ができることはないのだろうか?

地域に住む在留外国人は、自治体での手厚い待遇の中で、着物だけではなくあまねく日本文化の体験が出来ていたのである。

会にいる時、それはさんざんやってきた事でもあった。

各自治体の年1回の恒例行事である国際交流イベントで、無料で振袖の着付けをしていたし、

大学の留学生にも振袖の無料着付けをしてきていたのであった。

そんな中、人の興味を引きそうなイベントの開催を重ねて行った。

しかし、お金を徴収しての開催となると、人が集まらない。

かといって、無料や奉仕的やり方だと、着物を貸出したりしての手入れ代、車代もなく、単なるボランティアではやっていけない。

そんな矛盾と葛藤を抱えながら、半年、8回の開催は、今振り返ってみても、それなりの事をやってきたなと我ながら感心するほどである。

⑭ それを続けて行く事を途中で止めてしまったのは、何故か?  

構想を練る→企画する→場所の確保→必要材料の調達→PR(SNS/チラシ作成等この時強力な協力者がいてくれた)

→参加者集め(口コミ)→手伝ってくれる仲間へのお手伝いの依頼→着物の準備(参加者への貸し出し用)→当日の荷物の運搬

→{会場の準備→開催→会場の片付け(この間は仲間が手伝ってくれる)}→着物の後始末、片付け

この大変な一連の流れを行っていくには、人の参加が少ない。

かかる費用に対しての効果が出てこない。

そんなもどかしさを感じ、もっと堅実に、でも世の中、着物文化という事への貢献ができることはないのだろうか?

とはいえ、ではどうすれば????